よろしくお願いします。私のキャリアのスタートは、Jリーグが立ち上がったばかりの1990年代半ばでした。大学院時代に、当時指導者を求めていたクラブの方と縁があり、そこから23年間、同じクラブのアカデミーに携わってきました。
ー 23年間、非常に長いですね。
あっという間でしたね。コーチから始まり、ジュニアユースやユースの監督、スカウト、チーフコーチ、そしてダイレクターと、アカデミーに関わるほぼ全ての職種を経験させてもらいました。まだ育成の仕組みが確立されていない時期から試行錯誤を繰り返してきたことが、今の自分の土台になっています。そして6年前、ご縁があって横浜FCに移籍し、現在はアカデミーダイレクターとして、約18名のスタッフと共に120名以上の選手たちの成長を見守っています。
ー 現場からマネジメントまで熟知されているのですね。横浜FCではどのような役割を担っていらっしゃるのでしょうか。
ダイレクターとしての主な仕事は、選手とスタッフの目標への進捗のモニタリングと評価、予算編成、クラブ上層部への活動報告など多岐にわたりますが、私が最も大切にしているのは「現場とのバランス」です。どれだけ事務作業があっても、できるだけグラウンドに立ち、コーチや子供たちと同じ時間を共有するようにしています。また、選手がトップチームに昇格するための橋渡しや、保護者の方々との面談、学校との連携も重要な任務です。
ー 横浜FCのアカデミーが掲げる育成方針について教えてください。
一言で言えば、プロサッカー選手の育成はもちろんですが、それと同じくらい「人間形成」を重視しています。自クラブで育った選手がプロとして活躍し、クラブに貢献していくというサイクルを作ることは、プロ組織としての大きな使命です。しかし、プロになれるのは一握りですし、引退後の人生の方がずっと長い。たとえプロにならなかったとしても、社会に出て自立し、活躍できる人間を育てなければなりません。
ー「人間形成」とは、具体的にはどのように取り組まれているのでしょうか。
私たちは「学校・家庭・クラブ」の三位一体で、選手の360度を育てていくという考え方を持っています。グラウンドでの顔だけでなく、家での様子や学校での成績も把握するために、通知表を提出してもらったり、保護者の方とも頻繁にコミュニケーションを取ったりしています。
ーかなり踏み込んだ関わりですね。
選手が学校に行けていなかったり、家庭で問題を抱えていたりすることもあります。それらを放置してサッカーだけ教えていても、本当の意味での成長はありません。実際、通知表を見て初めて欠席日数の多さに気づいたりなどもあります。子供たちは、自分の悩みや弱さをなかなか正直には言えません。だからこそ、大人たちが連携して多角的に選手を見守る居場所を複数作ってあげることが大切なんです。
はい、IDPの重要性はスタッフ全員が認識しており、5〜6年前から本格的に運用してきました。最初は既存のクラウドツールを活用して詳細なデータを蓄積しようとした時期もありましたが、項目が多すぎて複雑になり、継続が難しくなってしまいました。そこで一度、紙ベースのノートに戻したのです。
ーアナログな「手書き」にも良さがありますよね。
選手が主体的に自分の課題と向き合うには、自分の手で書くことが有効だと考えたからです。しかし、紙には致命的な欠点がありました。それは「情報の共有速度」と「蓄積」です。
ー具体的にはどのような課題がありましたか。
コーチが選手の振り返りを確認するのに時間がかかりますし、私のようなマネジメントの立場からすると、今誰がどんな進捗状況にあるのかがリアルタイムで見えません。わざわざノートを集めて持ってきてもらうという作業自体が、現場のコーチにとっても負担になっていました。また、年次が変わって担当コーチが入れ替わった際、過去の対話の記録をスムーズに引き継げないという悩みもありました。
ーそれらの課題を解決するためにiDEPを検討されたのですね。
そうです。これまでの専門的なサッカーデータだけでなく、IDPに特化したプラットフォームとして集約できるものを探していました。去年の暮れ頃にスタッフ間で議論を重ね、「これならシンプルに、より深く選手と向き合える」と確信し、導入を決定しました。
ー 実際にiDEPに触れてみた際の第一印象はいかがでしたか。
「子供たちが入りやすそうだな」というのが第一印象でした。システムはどうしても大人の管理目線で作られがちですが、iDEPは色使いが鮮やかだったり、成長のプロセスが枝分かれした樹木のような絵で表現されていたりと、視覚的にワクワクさせるデザインになっています。これなら選手たちが自発的に入力したくなるだろうなと感じました。
ー 現在の運用状況を教えてください。
U-15とブランチチーム、そしてユースの全選手、合計約120〜130名を対象に活用しています。運用を開始してまだ3か月ほどですが、非常にスムーズなスタートを切れています。
ー導入後、特に活用されている機能はありますか?
特に「アクションプラン」の機能は、選手が「いつ、誰と、何をやったか」をリアルタイムで打ち込めるため、コーチが日々の自主練習や取り組みをすぐに把握できるようになりました。コーチがそれを見て、「お前、あそこ全然できてないじゃないか」などと直接声をかける。システムを入れたから会話が減るのではなく、むしろ深い対話をするための「フック」が増えたという感覚ですね。
ー 指導体制において、何か工夫されている点はありますか。
私がスタッフに伝えているのは、コーチは「教える人」である前に、選手の「メンター」であってほしいということです。
ー菊池さんの考える「メンター」とは、どのような存在でしょうか。
メンターというのは、海外では、必ずしもコーチである必要はなく、「近くのおっちゃん」のような存在でもいいんです。答えを教えるのではなく、選手に寄り添い、相談を受け、進むべき方向を少しだけ「交通整理」してあげる。選手が自分で考え、行動するのを辛抱強く見守る存在です。
ー その主体性を育むために、特に意識している年代はありますか?
ジュニアユースの1年生の時期の習慣付けを非常に重視しています。彼らにはiDEPと並行して、あえて紙のノートにも「自分の思ったこと」や「練習メニュー」をしっかり書かせています。自分の頭で考え、言語化する作業を反復することで、3年後、5年後に劇的な意識の差となって現れるからです。iDEPというツールを使いこなし、自分でサイクルを回せるようになれば、コーチの負担はむしろ減り、選手との信頼関係はより強固なものになると考えています。
ーiDEPを導入したことで、今後の指導現場にどのような変化を期待されていますか。
今、スタッフに呼びかけているのは「担当の枠を超えた関わり」です。これまでは、自分の担当選手については詳しくても、他の学年の選手の課題までは把握しきれていない面がありました。しかしiDEPがあれば、担当以外の選手がどんな目標を立て、今何に悩んでいるのか、スタッフ全員が共有できます。
ー 具体的にはどのようなシーンを想定されていますか?
例えば、ユースのコーチがジュニアユースの練習を見ていた時、iDEPで「裏への抜け出し」を課題にしている選手がいたら、その場ですぐにアドバイスができる。また、ある特定の選手の課題(例えばヘディングやターン)を改善するために、練習の中にその選手にフォーカスした局面を意図的に作り、複数のコーチが連携してコーチングを行うといったことも可能です。一人の選手に対して複数の大人が、それぞれの視点で関わっていく。そんな「ミニIDP」がグラウンドの至る所で起きている状態を目指したいんです。
ー菊池さんの「寄り添う」姿勢の原点は、どこにあるのでしょうか。
実は私、指導者の道に入る前に3年ほど、化粧品メーカーでサラリーマンをしていた時期があるんです。当時は飛び込み営業も経験しましたし、自分より年上の方々を教育・マネジメントする立場も経験しました。
ー 化粧品会社の営業!サッカーの世界とは全く異なりそうですが。
それが、今の仕事にすごく生きているんです。相手が何を求めているのかを想像する力、どうすれば相手に動いてもらえるかを考える対応力。それはサッカーの現場でも、保護者の方との関係作りでも全く同じです。
ー 選手たちにも、その「社会性」を身につけてほしいということですね。
その通りです。サッカーは組織でやるものです。監督の指示の意図を汲み取ったり、グループの中で自分が何をすべきか想像したりする力がないと、どんなに技術があっても生き残れません。選手たちには、サッカーという枠に囚われず、広い視野と想像力を持って「自立した大人」になってほしいと願っています。
写真提供:横浜FCアカデミー
ー 最後に、iDEPを通じてどんな選手に育ってほしいか、メッセージをお願いします。
選手たちには、誰かに言われたからやるのではなく、自分の将来や進むべき道(パスウェイ)を自分でデザインできる人間になってほしいです。IDPはそのための「地図」のようなものです。自分が今どこにいて、どこを目指しているのか。それを明確に描き、主体的に行動できる力は、たとえサッカーの道でなくても、社会で生きていくための最大の武器になります。
横浜FCのアカデミーには「人を尊重する」「一致団結する」「発展し続ける」「何度でも立ち上がる」といったバリューがあります。これらを身につけ、自立した人間へと成長していく。そのプロセスを、私たちはiDEPというシステムを最大限に活用しながら、情熱を持ってサポートし続けていきたいと思っています。
ー菊池さんの「教育」に対する深い情熱に、私たちも身が引き締まる思いです。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:2026年7月21日
菊池ダイレクターの言葉からは、システム導入が単なる「効率化」のためではなく、あくまで選手との「対話」を深め、その人生を豊かにするためのものであることが強く感じられました。
デジタルという「ハブ」を通じて、一人ひとりの選手と向き合い、その人生を共にデザインしていく。横浜FCのアカデミーが目指すのは、サッカーの技術を超えた、一生涯の糧となる「生きる力」の育成なのだと、強く実感したインタビューでした。