── 本日はよろしくお願いします。莉子さんがIDPを始められたのは小学6年生の頃だそうですね。今年20歳ですから、もう8年近く実践されていることになります。まさに日本における「IDPの先駆者」と言えますが、始めたきっかけは何だったのですか?
莉子選手: 始めたのは小学校6年生の頃です。きっかけは父でした。父から「サッカーの世界でトップの選手たちが使っている仕組みがある」という話を聞いて、「やってみようか」となったのが最初です。
賢司氏: 私が当時、イングランドの指導現場からIDPのコンセプトを学んできたばかりだったんです。これはサッカーだけでなく、他の競技にも必ず転用できるという確信がありました。特にテニスは個人競技ですから、「個別育成」を極めるIDPの考え方は、これ以上ないほどフィットすると思ったんです。 ただ、テニスの技術的な部分は私には判断できないので、結局は本人のやる気と、コーチの指導にかかっていると思いました。まず本人に「やってみる?」と尋ねたら、「うん、やってみる」と、意外とあっさりした返事でしたね。
── まさに「実験」のようなスタートだったのですね。当時、お父様からそんな提案をされて、莉子さんはどう思いましたか? 思春期に差し掛かる時期で、父親からの提案に抵抗はなかったのでしょうか。
莉子選手: 正直そんなに深く考えてはおらず、 抵抗はなかったです。父とは昔からコミュニケーションがよく取れていて。それに、父のアドバイスは他の誰から言われるよりも分かりやすく、何でも聞ける安心感がありました。
賢司氏: 幸い、親子関係は良好でしたね。反抗期らしい反抗期もなくて。親子関係が良好だったのは、やっぱり日頃からちゃんとコミュニケーションが取れていたからだと思います。IDPを始められたのも、そこが土台にあったからじゃないでしょうか。
テニス自体の技術的なことはコーチにお任せするとしても、一人の人間としての「成長の枠組み」を作ることは、親である自分にもできる。本人のやる気を確認した上で、二人三脚での挑戦が始まりました。
── 実際にIDPを始めてみて、最初にぶつかった壁は何でしたか?
莉子選手: 1番大変だったのは、最初の段階での「言語化」です。自分の目標設定や、それを達成するためのアクションプラン……頭の中ではなんとなくわかっているんですが、細かく言葉にして残さなければならない。自分の内面と向き合って言葉にする作業は、小学生の私には本当に難しくて、最初は苦労しました。
── 「なんとなく頑張る」ではなく、具体的に言葉にする。確かに大人でもとても難しいですよね。そこにお父様はどう関わったのですか?
賢司氏: 私はあえて答えを教えず、「問いかけ」に徹しました。親だとつい答えを教えたくなりますが、そこをぐっと堪えて「これを達成するには何が必要?」「そのために今、何をする?」と質問を繰り返すんです。
莉子選手: とりあえず、言葉を選ばずに口に出してみる。親だからこそ、不格好な言葉でも安心して吐き出せたというのはあるかもしれません。「なんかこうしたくて、でもこういう感じで……」 とうまく言えないことも、父が何度も噛み砕いて質問してくれたおかげで、バラバラだった思考がつながり、具体的なアクションプランに変わっていきました。それが他の人に対してだったら、もう少し取り繕っていたかもしれないですね。
賢司氏: 最終的に、本人が自分で「これをやる」と決めることが重要なんです。IDPのオーナーはあくまで選手本人。最終的に「自分で決めた」という感覚がないと、どんなに優れた計画もやらされ仕事になってしまう。だから、そこだけは絶対に守りました。
──当時IDPはExcelを使って管理されていたと伺いました。かなり細かい項目があったそうですね。
賢司氏: 今日、その実物を持ってきました。これがその当時のExcelです。 テニスの知識、技術、戦術、メンタル、フィジカル、そしてライフスタイルまで。細かすぎて字が読めないくらいなんですが 。技術面一つとっても、成長、攻略のために何をするか、といった具体的なアクションを網羅しています。私はこれを「パフォーマンスプラン」と呼んでいました。選手が取り組むべきアクションを全部洗い出したもので、IDPは選手自身が優先順位をつけて絞り込んでいく感じです。
──これはすごい。想像以上の細かさです。これだけの項目をどうやって更新していったのですか?
莉子選手: 2〜3週間に1回、少なくとも月に1回は父やコーチと面談をして、進捗を色で更新していきました。最初は「赤(改善が必要)」だった項目が「オレンジ(進行中)」になり、「緑(達成間近)」、最終的には「黄色(達成)」へと変わっていく。その変化が目に見えるのが、ゲームを攻略しているみたいで楽しかったんです。
賢司氏: 素晴らしいのは、当時のコーチもこの取り組みにコミットしてくれたことです。まだ20代の若いコーチでしたが、「最新の育成方法を一緒に学べるチャンスですが、一緒に取り組んでもらえますか?」と伝えたら、とても興味を持って並走してくれました。コーチが日々の練習にIDPの項目(アクションプラン)を落とし込んでくれたおかげで、計画が絵に描いた餅にならず、コートの上でリアルに効くものになりました。
──父親であり、元プロである賢司さんがハブとなって、コーチと選手をつないだ。理想的な育成環境ですね。
賢司氏: 親としても、娘が今何に取り組んでいるのかが可視化されているので、ただ漠然と「頑張れ」と言うのではなく、具体的なプロセスを信頼して見守ることができました。それは親として、すごく大きかったです。
── IDPは競技面だけでなく、ライフスタイル全般にも及んでいたそうですね。
莉子選手: はい。実はIDPの項目には「英語の学習」や「部屋の片付け」なんてものもありました。世界で戦うなら英語は必須だよね、と。英語は一度「緑(達成間近)」までいったのに、サボって「赤(改善が必要)」に戻っちゃったこともあります。
賢司氏: ライフスタイルの部分は家族もコミットしました。例えば栄養面。料理家である妻が、莉子のアクションプランに合わせて三食バランスの良い食事を作る。家族全員がIDPという共通言語を持って、同じ方向を向いていた。そういう感覚がありましたね 。
── 最近の莉子さんのIDPで、新しい項目はありますか?
莉子選手: 最近入れた項目なのですが、「寝る前の2時間、そして試合の日はショート動画を見ない」というルールです。
── それはなぜですか?
莉子選手: 次々に新しい刺激が入るショート動画は集中力の低下につながると知って。以前はなんとなく見てしまっていましたが、IDPに項目(アクションプラン)として入れることで「これは自分のパフォーマンスを下げるものだ」と意識が切り替わりました。
賢司氏: すごく些細なことに聞こえるかもしれないけど、1つ1つの積み重ねがパフォーマンスに影響する。だったらプロを目指すなら、絶対にそこまでやった方がいい。 IDPを通じて、彼女は「自分のキャリアのオーナーは自分である」というプロとしての責任感を、自然と養っていったように思います。
── 莉子さんは、IDPをやっていなかった自分と今の自分、何が一番違うと思いますか?
莉子選手: IDPがなかったら、きっともっと迷っていたと思います。課題が可視化されているから、何をすべきかが明確で、頭が整理される感覚がずっとあります。記録が積み重なっていくことで、自分がどれだけ成長したかが見えてくる。それが何より自信になります。 チャンスが来たときにそれを掴めるのは、偶然ではなく、そこに向かって準備してきた「必然」なんだと思えるようになりました。
賢司氏: やっぱりこうして記録していると、当時は気づかなかった成長が後から見えてくる。今と昔のIDPを並べると、全然違う。その変化が「主体的に取り組み続けた証拠」なんですよね。IDPを続けてきたことで、彼女が自分のキャリアに責任を持ち、目標にコミットする習慣を養っていったのか、元々の真面目な性格なのか、どちらかは正直わからないけど、どちらにせよ、IDPはその成長を可視化してくれた。それは間違いないです。
──これからIDPや「iDEP」を始めようとしている選手、指導者そして保護者の方へメッセージをお願いします。
莉子選手: 続けるのは大変です。正直、すごく大変です。ですが、自分の課題がはっきり見えると、パフォーマンスの質が変わります。まずは、頭の中にあるものを「言葉」にしてみることから始めてみてください。 スポーツ選手はもちろん、目標を持って頑張っている全ての人にIDPはおすすめしたいです。
賢司氏: 漠然としているものを可視化して、言語化して、一歩ずつ進む。その習慣をつけることが、IDPの本質だと思っています。 よく「低年齢だと難しいのでは?」と聞かれますが、9歳や10歳の頃から、小さなことでもいいから「目標を立て、計画し、コミットする」という習慣をつける。「シュートが上手くなりたい。じゃあそのために何をする?」という小さな問いかけから始めるだけでいい。 そのスモールステップの積み重ねが、自律した選手を育てるんです。
指導者や親の役割は、選手の中に「心理的安全性」を作ることです。失敗しても、言葉に詰まってもいい。「本当はどうしたいのか」を粘り強く問いかけ、一緒に歩む。IDPは、単なる管理ツールではなく、最高の対話ツールにもなります。大変な面もありますが、それ以上に、親子で成長を実感できる喜びは何物にも代えられません。大変なことは絶対にあります。でも「大変だからやらない」ではなく、「選手の成長のため」という覚悟が、指導者にも、親にも問われていると思っています。
── IDPを通して紡がれた、お二人の信頼関係。それは、莉子選手がこれからどんな高い壁にぶつかっても、揺るがない武器になるのだと強く感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:2026年4月28日
対談中、莉子選手が時折見せる「プロの顔」と、賢司氏が送る温かい、しかし厳しい「指導者の眼差し」。その絶妙なバランスを支えていたのは、8年間積み上げられたIDPでした。
対話の中で何度も繰り返された言葉「可視化」と「言語化」。IDPは、頭の中の霧を晴らし、自分の成長を自分の目で確かめ続けるものでした。
8年間、親子はIDPという共通言語でつながり、対話を重ねてきました。その積み重ねが、莉子選手が今日コートに立ち続ける力の源になっています。自分自身と向き合い、言葉にし、一歩ずつ進むそのプロセスこそが、アスリートを、そして人間を強くする。黄川田親子の歩みは、これからのスポーツ育成の在り方の一つの大きな光となるでしょう。