Jリーグ参入を見据えたアカデミーの土台作り。欧州基準の個別育成(IDP)で選手の主体性を引き出す
広島県福山市からJリーグ参入を目指す「福山シティFC」。その育成組織(アカデミー)のダイレクターを務める越智文啓氏は、イギリス留学でFAやUEFAコーチライセンスを取得し、様々なクラブでの指導経験も持つ、国際的な視座を備えた指導者です。
今回は、福山シティFCがなぜIDP支援システム「iDEP」を導入したのか、そしてIDPが日本のサッカー育成にどのような変革をもたらすと考えているのか、詳しくお話を伺いました。
広島県出身。スポーツ教育修士。国内外のフットボールシーンでクラブ運営、指導、通訳・
翻訳、海外遠征・留学コーディネートなど多角的に活躍。NPO法人のマネジメント責任者や理事長を歴任後、横浜FCでのスタッフ教育プログラム・クラブ発展プロジェクトのサポートや、ONODERA FCの監督を務めた。また、大阪国際大学や同志社大学等の非常勤講師としてスポーツマネジメントやスポーツ社会学などの教鞭を執った経験も持つ。2026年1月より現職。UEFA公認B級、FA公認レベル3などの国際ライセンスを保持し、グローバルな知見から育成環境のアップデートに挑んでいる。
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目次
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欧州では「当たり前」の個別育成(IDP)を日本で
ー 本日はよろしくお願いいたします。まずは越智さんのこれまでの歩みと、現在福山シティFCで担っている役割について教えてください。
よろしくお願いします。私は大学卒業後に京都の街クラブで指導を始めましたが、一時期イギリスへ留学し、FA(イングランドサッカー協会)やUEFA(欧州サッカー連盟)のコーチライセンスを取得しました。帰国後はラランジャ京都のGMや、自身でのNPO法人運営、そして2022年には横浜FCで外国人アドバイザーの補佐などを務め、2026年1月から福山シティFCのアカデミーダイレクターに就任しました。
現在の私の役割は、Jリーグ参入を見据えた「J基準のアカデミー」の構造作り、つまり土台作りです。単にピッチ上の指導だけでなく、クラブとしてどのようなシステムを持ち、どのような選手を育てていくのか。コーチングカリキュラムやフィロソフィーを明文化し、人が変わっても「福山シティのアカデミーはこういう選手を育てている」と言える状況を作ることがミッションです。
ー その「土台作り」の一環としてiDEPを導入されたわけですが、きっかけは何だったのでしょうか?
私の中に「IDP(Individual Development Plan)」に取り組むことへの違和感は全くありませんでした。ヨーロッパのコーチングを学んできた身としては、個人を育成するのは非常に大事で、当たり前のことだからです。
これからの日本のサッカー界は、チームが勝った・負けたというフェーズから、どのような選手を輩出し、「選手の価値」をどう高めていくかというフェーズに入っていくでしょう。そのためには、一人ひとりに焦点を当てたIDPが不可欠です。横浜FC時代にFAのスカウト陣と関わったり、アーセナルのセミナーを受けたりした際も、IDPは主流であり「やらない理由がない」という感覚でした。
ー 数あるシステムの中で、iDEPを選んだ決め手は何でしたか?
他にも連絡用アプリなどはありますが、iDEPは「IDPに特化したシステム」がしっかり構築されている点が最大の決め手でした。
「クラブの資産」としてのデータ管理へ
ー iDEP導入前、選手の管理や育成はどのように行われていたのでしょうか。
福山シティのアカデミーができて4年目ということもあり、正直に申し上げると、これまでは各コーチの経験や手法に任せている部分が大きかったのが実情です。データの管理方法もこれだというものが定まっておらず、クラブとしての一貫性が課題でした。
ー iDEPを導入して数ヶ月が経ちますが、現在の活用状況はいかがですか。
現在は、メインとして「サッカーノート機能」の活用から始めています。特にU-18(高校生年代)では、トレーニング後にコメントを書くだけでなく、自分のプレー動画を切り取って貼り付けるといった運用を6月からスタートさせました。
ー 現場のコーチや選手たちの反応はいかがでしょうか。
まだ使い始めて間もないので、マメに活用する子とそうでない子の差はありますが、コーチも一人ひとりにコメントを返しながら、少しずつ浸透させている段階です。中学生年代になると、スマホを持っている子も多いので、きちんとノートを書いてくる子が増えていますね。
ー ジュニア(小学生年代)での運用についてはどうお考えですか?
ジュニア世代の課題は、本人がスマホを持っていないことです。保護者を介して運用することになりますが、私はあえてジュニア年代からしっかり導入していきたいと考えています。というのも、小さい頃から「自分の成長を記録する習慣」を付けておけば、年代が上がるにつれてその取り組みは洗練されていくからです。
今の中3と小6が同時にiDEPを始めたとしたら、2年後には小6から習慣化してきた子の方が、より深い内容を書けるようになっているはずです。まずはノート機能からでもいいので、良い習慣を身に付けさせたいですね。
オフ・ザ・ピッチの成長が、オン・ザ・ピッチの主体性を生む
ー 育成において、どのような選手を育てていきたい、という理想像はありますか。
アカデミーとして考えているのは、オフ・ザ・ピッチ(私生活)では「人としての成長」に寄り添い、オン・ザ・ピッチ(サッカー)では「選手が主体的に考えて行動を起こす」ためのガイド役になる、ということです。
ー 自分で考えて行動する「主体性」は、iDEPが目指す方向とも合致していますね。
今の時代、答えは一つではありません。多様な価値観の中で、選手は自分自身で問題を解決していく力を養う必要があります。iDEPを通じて自分の成長プラン(IDP)を自分で管理することは、そのための非常に良いトレーニングになります。
ゆくゆくは、指導者が「やりなさい」と教え込むのではなく、選手自身が自分の成長に責任を持つ「オーナーシップ」を持てるようにしたいですね。高校生ぐらいになれば、指導者の手助けがなくても、選手が主体となってiDEPを使いこなしている状態が理想です。
ー プロを目指す子だけでなく、すべての子供たちにとって大切な視点ですね。
人として自立し、自分で考えて動けるようになることは、将来どのような道に進むにしても必要な能力ですから。クラブ全体で、その大切さを共有しています。
選手のデータを可視化し、適切な指導を
ー 今後、iDEPにさらに期待していることはありますか?
クラブのデータベースとしての役割を強化していきたいです。現在はGoogleドライブで行っているコンディション管理や、紙で記録している計測データ、さらにはトレーニングプランやゲームレポート、動画などをすべてiDEPに集約したいと考えています。指導者の誰もがアクセスでき、選手の成長の軌跡が可視化されている状態にしたいですね。
ー 特に注目しているデータなどはありますか?
育成年代において非常に重要だと思っているのが、「成熟度(早熟・晩熟)」の考慮です。例えば同じ12歳でも、生物学的な成熟度には最大で2年ほどの差が出ることがあります。これを測る指標の一つにPHVA(Peak Height Velocity Age:成長のピーク年齢)がありますが、これをiDEP内で算出・可視化できれば素晴らしいですね。
ー それができると、指導はどう変わるのでしょうか。
成熟度のフェーズによって、適切なトレーニング内容は全く異なります。例えば、急激に身長が伸びている時期(PHVのピーク)には、筋力トレーニングよりも持久力系のトレーニングが適しているといったエビデンスがあります。
また、体は大きくても心理面がまだ追いついていない早熟の子や、逆に晩熟で今はフィジカルで負けていても高い潜在能力を持つ子がいます。これらをデータとして可視化し、それに基づいた個別育成プラン(IDP)を立てることができれば、指導の質は劇的に上がります。
ー 才能を見逃さない、そして一人ひとりに無理のない成長を促すためのデータ活用ですね。
その通りです。日本の育成年代では、どうしても4月〜6月生まれの「早熟」な選手が評価されやすい傾向にあります。しかし、成熟度を考慮に入れることで、将来性のある「晩熟」な選手をしっかりと見守り、育て上げることができる。これは様々な課題解決にもつながるはずです。
「自分の足で歩む選手」を育てるために。新しいスタンダードを創る
ー 今後iDEPおよびIDPに期待することを教えてください。
私たち福山シティFCも、iDEPの活用はまだ始まったばかりで、正直に言えば手探りの部分も多いです。しかし、選手一人ひとりと向き合い、彼らが「自分自身の足で歩んでいける」ようにサポートするという目的は、決して揺るぎません。
日本においてIDPという仕組みは、まだ十分に浸透しているとは言えません。日々の入力を「面倒な作業」と感じてしまう選手やスタッフもいるかもしれませんが、これは単なる記録ではなく、自分自身を客観的に捉え、自ら問題を解決していくための非常に重要なトレーニングなんです。
ー サッカーの技術向上だけでなく、人生においても大切な「生きる力」を養っているということですね。
私たちの役割は、答えを教え込むことではなく、選手が主体的に考えて行動を起こすための「ガイド役」に徹することだと考えています。ゆくゆくは、大人が指示を出さなくても、選手自らが「自分の成長に責任(オーナーシップ)」を持ってiDEPを使いこなし、自律していく姿が理想です。
iDEPというツールで、IDPが指導者と選手の共通言語となり、成長の軌跡を可視化することで、クラブ全体の育成レベルを底上げしてくれると思っています。プロを目指す子も、そうでない子も、サッカーを通じて一人の人間として大きく成長していく。そんな未来を共に創っていきたいですね。

取材日:2026年6月17日
インタビューを終えて
今回の取材を通じて強く感じたのは、越智氏が描くビジョンの具体性と、選手たちへの温かい眼差しです。欧州での経験や多くのクラブ運営のキャリアを持つ越智氏は、単に「勝てるチーム」を作るだけではなく、「一人の人間として、自らの足で人生を切り拓ける選手」を育てるための土台作りに情熱を注いでいます。
「指導者は答えを教えるのではなく、ガイド役に」その言葉通り、iDEPを通じて選手が自分自身の成長に「オーナーシップ(主体性)」を持つ習慣は、サッカーの枠を超え、彼らが社会に羽ばたいた時の大きな武器になるはずです。福山シティFCが踏み出した一歩が今後どのような選手を育てていくのか、iDEPがそれとともに歩めることを嬉しく思います。
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